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2001年6月 9日 (土)

今日は Redhat li

今日は Redhat linux に Mozilla 9.0.1 と Opera 5.0 をインストールしてみた。Mozilla にはちゃんと日本語パックも入れたのに、どういうわけか日本語表示できなかった。

2001年6月 8日 (金)

現在の linux。

現在の linux。

hda2 Laser 5 Linux 6.4
sda1 Turbolinux 6.0
sda2 Redhat Linux 7.0
sda3 Vine Linux 2.1.5

う〜ん、Linux 博覧会だ(笑)。

hda2 は、おそるおそる hda1 を FIPS で切り離したのにわずか 870mb しか確保できなかった領域なので、Laser 5 をそこにインストールする際、KDEやらサーバー関係のプログラムを含めないようにしてシェイプアップする必要があった。それにしても Laser 5 の日本語環境はに目も見張るものがある。なにせ、win 領域をマウントした際、日本語のディレクトリ名やファイル名がちゃんと表示されるのは Laser 5 だけなのである。

Redhat は下に書いたとおり、再インストールした。今度はインストール時KDEも入れたので、PPP 接続を KPPP で行うことが可能となった。Redhat に標準で装備されている RP3 という PPP 接続プログラムは、うちの環境ではなぜかうまく作動しないのだ。

Turbolinux には GIMP の最新バージョンと Pixia の Linux 版を入れてみた。GIMP をコンパイルする際、物凄く時間がかかった。途中で、もしかしたらプログラムが暴走したのか、と疑ったほどだ。Pixia の Linux 版は Pixia のホームページからダウンロードしたものだが、以外にも、コンパイル済みのファイルが圧縮されたものだったので、解凍しただけですぐに起動させることが出来た。ただアンドゥが出来ないという致命的とも言えるバグがあったのは残念。

Vine Linux には Apache を入れてみた。コンパイル、インストールとも拍子抜けするぐらいうまくいった。HTTP サーバーとして機能するかどうかも実験してみたが、これもうまくいったようだ。そのうち暇があれば、うちのPCを臨時 HTTP サーバーにして外部からの接続を受け入れてみたい。

2001年6月 2日 (土)

その後の linux。

その後の linux。

結局 FreeBSD は消すことにし、一番始めに手に入れた Redhat linux 7.0 で上書き。しかし、 Redhat は LILO を強制的にマスターブートレコードに書き込んでしまうので、恐い。なにせ、我がPCはフロッピーディスクドライブの調子が今ひとつ良くない。マスターブートレコードに書き込んでしまった LILO を消すには WIN の起動ディスクで起動して FDISK をかけるしかないのだが、フロッピーが壊れると、これが出来なくなってしまって、WIN をリカバーしないといけなくなってしまうからだ。

とりあえず今回はちゃんとマスターブートレコードの LILO を消すことに成功はした。しかし、X Window の表示がうまく行かない。Turbo と VINE ではうまくいったのに、ほんの少し古いだけの Redhat 7.0 でうまくいかないとは・・・。ということで、半ばヤケクソ気味に、X を最新バージョン 4.0.2 にアップグレードしてやろう、と思い立ち、実行に移す。これが見事に大成功。XF86Config をまったくいじることなくちゃんと表示された!やはり我がPCのグラフィックカード(intel i810)に正式対応しているだけのことはある。ただその後、なぜかPPP接続がうまく行かないことも判明、いろいろいじっているうちに今度は日本語表示までおかしくなった。現在修復作業中だが、放棄してしまう(別の何かで上書きして消してしまう)可能性も高い。

Redhat の X のアップグレードがうまくいったので、調子に乗って Turbo の X も同じ 4.0.2 へアップしてみたがこちらは失敗。全く表示できなくなり、放棄を決定。で、今度は何を入れようかと考えた末、Redhat 系ばかりも芸がないので、Debian を入れてみることに決めた。が、早速必要とされるファイルを FTP からダウンロードしようとしたところ、Debian のホームページなどに書かれているインストールの説明が全く不十分で、かなり手間取った。しかも、ハードディスクからの WIN 領域からのインストールを試みたもののうまくいかず、フロッピーからのブートに切り替えたら今度はフロッピーディスクが上記のような事情で壊れてしまい、結局インストールに失敗。後日フロッピーディスクを新たに購入するまで Debian はお預け、ということになってしまった。

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